+不幸な人々に対して、神の御国について語らないこと。その人
 たちにとって、神の御国なんて、あまりにも縁遠いものである
 から。ただ、十字架についてだけ語ること。神が苦しんだの
 だ。だから、苦しみは神的な事柄である。
            シモーヌ・ヴェイユ『超自然的認識』

+ペトロは、十字架のイエスを「聖なる正しい人」と呼んだ。
 言い換えると、十字架のイエスは、神の神聖性の最も崇高なも
 の、頑なに神を拒み続ける救いようのない者を救う神の聖性の
 最高の現れなのである。救うに値しない者を救うために、神は
 栄光の主イエスを十字架で殺されたのだ。誰が驚かないでいら
 れるか。驚かないでいられるとしたら、その人は生きていると
 は名ばかりで、すでに死んでいるのである。

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