#サクラメント
+「サクラメント」とは、普通、「恵みの手段」、すなわち見え
ない神の恵みを仲介する見えるしるし、および「聖なる儀式」
のことです。この聖なる儀式を通して、キリストの制定と約束
に従って人間に救済が伝えられ、あるいは人間は救いを保証さ
れるのです。
+サクラメントとは、教会の典礼形式、儀礼の総体のことです
(カトリックでは秘跡、聖公会では聖奠、プロテスタントでは
聖礼典、またギリシア正教では機密と訳しています)。
+正教会ではサクラメントの数は確定しておりません。カトリッ
ク教会では、中世において洗礼、堅信礼、告解、ミサ、終油、
結婚、叙品の七つが認められるようになりました。このことは
歴史的に、キリスト教的帝国から教会を自由にするための闘い
として理解されます。なぜなら、これら七つのサクラメントに
よって、カイザル的な塗油式と聖別式のサクラメントが無価値
にされ、教会の職務を伴う叙任は教会のためにだけ留保された
からです。プロテスタント教会では、聖礼典は主の晩餐と洗礼
の二つに限定されています。
+ミサは、主イエスの十字架の死と復活を「記念(アナムネーシ
ス)」する儀式です。それは、人類の贖罪のために死んだ主イ
エスの肉体と血が、神の恩寵によって霊化され、輝かしい霊的
身体に再生したという信仰にもとづいています。
+ところで、ユダヤ・キリスト教的な意味における記念(アナム
ネーシス)は、それによって想起されるある一つの客観的な行
為(礼拝)によって、想起される過去の出来事または人物が、
単なる過去のものではなくて、現在のことがらとして、「いま
ここ」に現実となることを意味します。さらに、アナムネーシ
スとしての礼拝行為を通じて、過去の出来事が指向する終末の
ことがらもまた先取りされて現在化されます。
+ミサの原点は主イエスの会食です。それは主イエスの使命と使
信の表現であり(マルコ2:17)、終末的な食事、終わりの
時の救いの宴の先取り(マタイ8:11)であり、そこではす
でに今、聖なる人々の共同体が目の当たりに表されているので
す(マルコ2:19)。食事を共にする形で罪人が救いの共同
体に迎え入れられているのであって、これは人を救う神の愛の
使信を誰の目にも最も印象的な仕方で表現しています。