#聖変化
+ミサは、イエスの十字架の死と復活を記念する儀式である。そ
れは、人類の贖罪のために死んだイエスの肉体と血が、神の恩
寵によって霊化され、輝かしい霊的身体に再生したという信仰
にもとづいている。
+もう少し具体的にいうと、ミサの儀式では、パンとぶどう酒に
よってキリストの身体と血を象徴させる。そして、祭司が定め
られた聖別の言葉を唱えることによって、パンとぶどう酒は聖
霊の力を受けてキリストの肉と血に変化すると考えられた。こ
れは「実体変化」(化体)transsubstantiatioとか「聖変化」
という。
+宗教改革時代には、この問題をめぐっていわゆる「聖餐論争」
が起こるのであるが、これは、聖変化が、なぜ、どのようにし
て、起こるのかという点についての解釈のちがいから生まれた
ものである。
+パンとぶどう酒の聖変化は、ミサを執行する祭司の聖別の言葉
によって起こるのであるが、この場合、祭司の個人的意志と能
力が聖変化を引き起こし得るかどうかという点について、さま
ざまな解釈が生まれてくるのである。
+正統的解釈に従えば、聖変化を引き起こす原因は神の恩寵にあ
るのであって、祭司の個人的能力には依存しない。古代カトリ
ック教会は、マタイ福音書(16:17以下)にある「鍵の伝
承」にもとづいて、「公同」の教会のみが、救済と恩寵を与え
る唯一の普遍的機関であると主張している。このような考え方
に従えば、恩寵の力は教会制度そのものに宿っているのである
から、教会から聖職者としての資格を承認された祭司が、伝統
的に定められた儀礼形式に従ってサクラメントを行うかぎり、
その効果は必ず発生するはずである。したがってミサにおける
聖変化は、祭司の個人的能力には依存しない。このような正統
的解釈を「事効」ex opere operato という。
+これに対する異端的解釈は「人効」ex opere operantis とよ
ばれる立場であるが、この考えに従うと、サクラメントの効果
は、儀礼を執行する聖職者の個人的資質によって左右されるの
である。この考え方の源泉には、古代のすべての宗教に共通し
た〈呪術的能力への信頼〉がある。古代中世のキリスト教徒は
まだ十分に異教的魂から脱却していなかったから、このような
異端的解釈を受け入れる心理的傾向も、ひろく存在していた。