#呻く世界
+またジャーナリストが命を落とした。ミャンマーの軍事政権に
反対した僧侶たちのデモを取材していた映像ジャーナリスト長
井健司さんが凶弾に倒れた。流れ弾に当たったとの当局の発表
に反して、至近距離からねらい撃ちされたことが明らかになっ
た。撃たれてもなお手放さなかったビデオカメラの所在は判ら
ないままである。
+ある時、所在のないままテレビのスイッチをいじっていると、
一つの画面が目に飛び込んできた。それは戦争シーンであっ
た。途中からだったので、始めはベトナム戦争かと思ったが、
しばらく見ていると、カンボジアの内戦を描いたものであるこ
とが判った。
+この映画は、実在のジャーナリストをモデルとしたフィクショ
ンであった。話の大筋は、資本主義の悪を批判し、善意の社会
主義と強力な権力をもつ政府があれば救済が行われるという理
想の裏にひそむ恐ろしい闇を見つめるものであった。カンボジ
アを支配していた資本主義者の腐敗を糾弾し、自由と平等のた
めに戦う人民軍がいざ勝利を治めると、そこには目を覆うばか
りの惨状が繰り広げられたのである。
+似たようなことは後を絶たない。1989年の暮れ、ベルリン
の壁の崩壊とともに世界は核戦争の脅威から解放された。人類
は戦争の世紀20世紀の悪夢から覚め、平和と共存の21世紀
の光を見た。しかし、その輝きはほんの一瞬、人類は再び殺戮
と憎悪に満ちた血に塗られた道を歩き出したのである。
+冷戦の終結は、民族的エゴと宗教的狂気という猛毒を世界にば
らまいてしまった。わたしたちは今、アジアで、中東で、アフ
リカで、南米で、旧ソ連で何を見ているか。今わたしたちの世
界を覆っているのは輝ける未来ではなく、国家や民族のエゴ、
狂気、そして憎悪の嵐である。世界は今まさに、身をよじりな
がら‘呻いている’。
+聖書は、今わたしたちが味わっている呻きを知らないところで
人類の希望、平安、慰めを語っているのだろうか。断じてそう
ではない。眼前に十字架のキリストを描き出す福音(ガラテヤ
3:1)は、今私たちが現に生きている呻きを知りつくした所
で、慰めを語り、希望を指し示しているのだ。
+そのことについて一つの示唆を与えてくれるのはシモーヌ・ヴ
ェイユである。ナチス・ドイツの手を逃れ、アメリカに亡命中
こんな言葉を書き残している。「復活節のよろこびは、苦痛の
後に来るよろこびではない。束縛のあとの自由、飢えのあとの
満腹、別れのあとの出会いではない。それは、苦痛を遥か下に
して舞うよろこびであり、苦痛を完成するものである。」
+命である光は暗闇の中で輝いている。愛は、光を籠めた夜であ
り、闇をはらんだ朝である。身をよじりながら、呻きながら、
生きよ! 十字架のキリストはそう言っている。