#「ミサにおける変換の象徴」
+深層心理学の観点から宗教改革の意味を考える場合、重要な焦
点になるのはサクラメントの問題です。わたしたち日本人の大
多数にとって、キリスト教的教養は親しみの薄いものであり、
特にわかりにくいのは、その儀礼に関する観念や形式です。
+近代日本に入ってきたキリスト教はプロテスタント系のものが
多かったので、サクラメントの問題は軽視されています。しか
し、ヨーロッパの近代精神史を考える場合、この問題について
の知識がないと十分な理解は不可能です。ウェーバーのいう
「呪術の追放」つまり近代化論は、この問題と不可分の関係に
あるからです。
+この点についてのユングの見解は『ミサにおける変換の象徴』
(1941年、エラノスの家での講演)に明らかにされていま
す。その前半で、彼はミサについて心理学的考察を試みていま
す。そして後半では、ミサと異教の古代祭儀や錬金術的諸観念
の間にある心理学的共通性について考察しています。
+ここでは近代精神史に関連してくる前半の部分をとりあげて、
まず、キリスト教のサクラメントというものがどういう思想的
意味内容をもっていたのか、そしてそれは人間性のあり方につ
いてどういう心理学的意義をもっていたのか、という点につい
て考えてみたいと思います。
+その後に、宗教改革についてのユングの見解について考えるこ
とにします。結論を先取りしますと、ユングは、宗教改革によ
りミサの理解が歪んだのはプロテスタントだけではなく、カト
リックもまた歪んだというのです。この歪みを修復して、本来
のあるべきミサの理念と形式に到達したい、しかも現代人の魂
の癒し、救いとして。それがここでの試みです。