#アフリカの落日
神は彼らを祝福して言われた。
「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。
海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物を
すべて支配させよう。」
(創世記1:28)
+先日、何気なく見ていたテレビで、アフリカ象のニュースが飛
び込んできた。象牙の乱獲で絶滅の危機にあった象が、保護政
策により今度は数が増えすぎて環境を破壊しているので、適正
な数に減らすというのである。
+数が増えすぎて環境破壊の最大の脅威はいうまでもなくヒトで
ある。そのヒトが環境の保護のために、増えすぎた象の数を減
らすという。生態学的神学者や環境論者は言う。先に引用した
創世記1章28節は、西欧人の自然征服、環境破壊的行動様式
を〈上から〉保証する言葉である、と。それは聖書的・ユダヤ
教的・キリスト教的倫理の原罪的な言葉なのか。
+中沢洽樹はこんなことを言っている。創世記1章における祭司
記者の意図は、ネガティブには自然神話的な宇宙生成譚に対す
るプロテストであり、ポジティブには創造者たる真の神に対す
る被造物としての世界のあり方の告知ではないかと思う。その
あり方とは何であるかと言えば、神の祝福に答えて創造者を讃
美することである。「神の像」としての人間の創造の目的もこ
こにあり、「安息日」の制定の目的もここにあるのではなかろ
うか、と。
+創造の目的は神の祝福に答えて創造者たる真の神を賛美するこ
とにある。世界もまた神をほめたたえるのである。世界の目的
は礼拝にあり、人間は他の被造物をそこへと導かねばならない
のである。それが「支配する」(創世記1:26、28)とい
うことである。「礼拝」は人間の本質だけではなく、全被造物
の本質でもあるのだ。
+聖書は、人間が礼拝に失敗したところに環境破壊の元凶を見て
いる。神のようになろうとして、取って食べてはならない木の
実を取って食べた人間に、神は言われた。「お前のゆえに、土
は呪われるものとなった。」(創世記3:17)。
+環境問題、それは政治的、経済的問題である以上に、はるかに
神学的問題なのである。神の御子イエス・キリストが人間とな
り、十字架の死を遂げられたのは、全被造物をこの呪いから解
放するためであった(ロマ8:18以下)。
+教会は今、主イエスの十字架への道行きを覚えるレントの時を
歩んでいる。ヒトは十字架のイエスを主キリストと告白して、
栄光を神に帰する(フィリピ2:6−11)以外に滅びの道か
ら立ち帰る術はないのである。