第一部 ミサの歴史  J.A.ユングマン

       第四章  ギリシア教父と東方典礼

ギリシア教父(2)
+ギリシア教父たちもシリアのエフラエムもたびたび、キリスト
 がすでに最後の晩餐でこの奉献をしているのだという思想を繰
 り返している。
+このことをニュッサのグレゴリウスは明言している。キリスト
 はわれわれのために自由に自分の命をささげたのであり、その
 自発性なしには、ユダヤ人の悪意も、なすすべもなかったのだ
 と。「彼は知恵を働かせて彼らの機先を制し…われわれのため
 の供え物として、また献げ物となって、己が身をささげた」。
 奉献がすでに「目には見えない神秘的なしかたで」全うされた
 ことを、こうして示したのである。
+ナジアンゾスのグレゴリウスも、いまも絶えず行われている神
 秘的な屠りのことをある手紙の中で述べている。その中で「君
 のことばによってことばをもたらす時、声を剣にし、血を流す
 ことなく主のからだと血を切り分ける時」、自分のために祈っ
 てくれるように頼んでいる。
+ここで注目すべきもう一つの点は、奉献に結びつけられたおか
 げで、取り次ぎの祈りが格別霊験あらたかだ、とされるように
 なったことである。新しく信者になった者にミサのことを説明
 する中で、取り次ぎの祈りの価値が強調される。すなわち、聖
 霊が下るように祈り、奉献できてから、「この和解のささげも
 のの上で、教会全体におよぶ平和のため、世界の福祉のため、
 王や兵士や同盟国の人のため、病人や虐待されている人や助け
 を必要としているすべての人のために、一同、神に祈る。…そ
 れから死者を偲ぶ。…おののかんばかりの聖なるささげものが
 私たちの前にある時にささげられる祈りは、おおいに人々の魂
 のためになると信ずるからである」。
           希望の挫折

     見よ、主の言葉があった。
     「その者があなたの跡を継ぐのではなく、
     あなたから生まれる者が跡を継ぐ。」
                   (創世記15:4)

+神の召命を受けて、行き先も知らずにアブラハムが旅立ったの
 は75歳の時でした。そのアブラハムに息子イサクが生まれた
 のは100歳の時です。神の約束が実現するまでに、実に四半
 世紀の時が経過しているのです。
+この間、アブラハムは様々な試練に襲われました。その一つに
 アブラハムが神の召命に応えて、「生まれ故郷、父の家を離れ
 て」から10年目にあった出来事があります。アブラハムはす
 でに85歳、妻サラは75歳になっていました。
+小説『聖書』の中に、この時のサラの心情が次のように描かれ
 ています。「サライは時の経過を痛いほど意識した。神がその
 約束をしてから、彼女は毎月のように妊娠していないことに落
 胆してきたのだ。…サライの顔に花ひらいた若々しさは、とう
 に消えうせていた。彼女の中の女らしさも革のように干からび
 奇跡も消えてしまったようだった。…そこで彼女は自分の手で
 問題を解決することにした」と。
+その解決策とは、エジプトの女奴隷ハガルを側女としてアブラ
 ハムに与え、子を得るということでした。サラのこの決断には
 どれほどの苦悩と無念さがあったことか! しかし、サラはそ
 こに、一塁の望みを託したのです。そしてサラの計画は実現し
 たのです。
+しかしその結果は、最悪の事態となりました。このあと神は、
 アブラハムに13年間沈黙されたのです。神の約束を自らの手
 で実現しようとしたアブラハムの過ちがいかに深刻であったか
 は、この13年におよぶ神の沈黙が雄弁に語っています。
+それにしても、神の約束の実現に人間が手を貸すことの何が問
 題なのでしょうか。フロムは『希望の革命』の中でこんなこと
 を言っています。「希望は逆説的である。希望は受動的に待つ
 ことでもなく、起こりえない状況を無理に起こそうとする非現
 実的な態度でもない。希望はうずくまった虎のようなもので、
 跳びかかるべき瞬間がきた時に初めて跳びかかるのだ。…希望
 を持つということは、まだ生まれていないもののためにいつで
 も準備ができているということであり、たとえ一生のうちに何
 も生まれなかったとしても、絶望的にならないということであ
 る。」
+アブラハムにはこの「希望」が欠けていたのです。ゆえに、側
 女ハガルから跡継ぎを得るという、「起こりえない状況を無理
 に起こそうと」したのです。この希望の挫折の経験を経てアブ
 ラハムは「信仰の父」となるのです。
  希望を持つということは、まだ生まれていないもののために
  いつでも準備ができているということであり、
  たとえ一生のうちに何も生まれなかったとしても、
  絶望的にならないということである。
       #第一部 ミサの歴史  J.A.ユングマン

         第四章  ギリシア教父と東方典礼

ギリシア教父(1)
+四世紀のギリシア教父の文献では感謝の祭儀について、度々、
 神のいのちと聖霊の働きのことが話題になっている。ここには
 論争のさかんな当時の雰囲気が反映されているが、儀式のこと
 に注目するときは、「奉献」と呼ぶ。こうして、従来は明確で
 なかった新しい観点が浮き彫りにされた。
+感謝の祭儀が奉献だというのは、この祭儀が、共同体のささげ
 る行為だからではない。それが、何よりもキリストの奉献を、
 十字架上の死の奉献を、私たちにもたらすものだからである。
+たとえばカイサリアのエウセビオス(339年没)によれば、
 キリストは、われわれの救いのために、父にすばらしい奉献を
 し、「それと同時に、我々が絶えず神に奉献することのできる
 記念を託されたのである。」
+この捉え方は様々な形で出てくる。「祭壇と集会のための聖地
 が、世界中いたる所に設けられたのである。」そこでささげら
 れるものは、「無血の霊的な奉献、祈りと筆舌に尽くしがたい
 神の言葉によって、成し遂げられる奉献」に他ならない。
+これと同じ思想を、クリュソストモスが全面展開している。ヘ
 ブライ人への手紙には、キリストは一度だけ自分を奉献した、
 とある。「でも、われわれは毎日奉献しているではないか。そ
 のとおり、だが彼の死の記念をおこなう(アナムネーシン)こ
 とによって奉献する。…旧約の大祭司のようにその都度別々の
 いけにえを捧げるのではなく、いつも同じ奉献をしていく、い
 やむしろ、奉献の記念をおこなうのである。」この思想は、ギ
 リシア教父たちの共有財産だったようである。
+クリュソストモスはこうも語る。「供え物をキリストのからだ
 と血にできるのは、人間ではなく、われわれを通じて働くキリ
 ストご自身である。」祭司が、これはわたしのからだであると
 言葉を唱える。「この一言が供え物を変える。…言葉が奉献を
 完成させる。」
+キリストは目に見えなくとも、祭儀のどこにもいる。彼は「会
 食の主人」である。祭司が聖体を差し出すときも、目には見え
 なくとも、それをわたすのは主の手である。祭司であるキリス
 ト自身が、献げ物でもある。「捧げられてそこに置かれている
 主を見、献げ物の前に立って祈る祭司を見るとき」、もはや地
 上的な事物を見ているのではない。
            絶望の徴候

   これら五人の王は皆、シディムの谷、すなわち塩の海で
   同盟を結んだ。彼らは十二年間……支配されていたが、
   十三年目に背いたのである。(創世記14:3−4)

+社会心理学者エーリッヒ・フロムの著書に『希望の革命』があ
 る。フロムはその「はしがき」で、「本書は1968年のアメ
 リカの状況に対する一つの反応として書かれたものである」と
 言っている。
+1968年のアメリカの状況とは何か。フロムは言います。
 「希望が急速に西洋世界から姿を消しつつある」と。そして言
 うのです。
+絶望の徴候はすべて私たちの前にある。一般の人々の倦み果て
 た表情を見よ。人間同士の触れ合いの欠如を見よ。都市の水や
 空気が絶えず毒性を増すのを抑制したり、貧しい国々の目に見
 えている飢饉を克服したりするために、真剣な計画さえ立てえ
 ないこのありさまを見よ。…
 希望について私たちが何を語り何を考えようと、生命のために
 行動し計画することができないということが、私たちの絶望を
 暴露している。
+フロムがこのように語ってから40年の年月が過ぎた。私たち
 は今、この世界に何を見ているのか。根拠のない楽観主義と暴
 力ではないのか。フロムは、この根拠のない楽観主義と暴力を
 「希望の挫折」と言っている。まさしく、「絶望の徴候はすべ
 て私たちの前にある」のです。
+私はフロムが「見よ、見よ、見よ」と繰り返す言葉を読みつつ
 エレミヤの言葉を思い起こした。エレミヤは神の民イスラエル
 が滅ぼされた時、こう語っている。
   わたしは見た。
    見よ、大地は混沌とし、空には光がなかった。
   わたしは見た。
    見よ、山は揺れ動き、すべての丘は震えていた。
   わたしは見た。
    見よ、人はうせ、空の鳥はことごとく逃げ去っていた。
   わたしは見た。
    見よ、実り豊かな地は荒れ野に変わり、
     町々はことごとく、主の御前に、
      主の激しい怒りによって打ち倒されていた。
+エレミヤが見ている世界、それは創世記1章の記者が見ていた
 「地は混沌であって、闇が深淵の面を覆っていた」世界です。
 捕囚期とは、まさに光のない闇の世界なのです。預言者エゼキ
 エルは、当時の人々の心象風景を「枯れた骨の幻」の中でこう
 語りました。「人の子よ、これらの骨はイスラエルの全家であ
 る。見よ、彼らは言う。『われわれの骨は枯れ、われわれの望
 みは尽き、われわれは絶え果てる』と」(37:11)。
+ここにあるのはまさに希望の喪失です。絶望とは、もはや神に
 さえ望みえないことなのです。フロムは同じ絶望が、今日、私
 たちの生きている世界を覆いつくしているというのです。ニー
 チェが言うように、本当に「神は死んだ」のだろうか。
   #第一部 ミサの歴史  J.A.ユングマン

         第三章  三世紀

  キプリアーヌス(3)

+民を包む奉献
 奉献には、キリストの民も加えられる。水がぶどう酒に混ぜ合
 わされるからである。キリストが苦難によってわたしたちの罪
 をかぶったように、この奉献において、会衆もキリストに結ば
 れる。こうして民は、ささげられる供えものに含められる。
 
 民にも、積極的に果たすべき役割がある。祭儀は共同体の祭り
 である。信ずる者の集会を前提とする。だが、迫害で棄教した
 背教者は、和解がすむまで、立ち入りが許されない。また信者
 が、祭儀でパンとぶどう酒を寄進するのも、すでに習慣となっ
 て定着していた。それは貧しい者たちの糧になった。
 
 奉献への参加は、その場に出席している人に限られることでは
 ない。兄弟と恩人のことを「奉献の祈りのなかで」思い出す。
 このように想起することが大切にされると確信している。献げ
 物は、当人がそれにふさわしくない者にはなっていないという
 条件で、故人のためにも捧げられ、そこで名前が挙げられる。
 
 こうしてキプリアーヌスは、ある人のための感謝の祭儀が行わ
 れるとき、当人にもたらされる恵みを強調する。それは感謝の
 奉献とは見なさず、償いの業と見ている。同じ考えをテルトゥ
 リアーヌスがすでに表明している。
 
 とにかくキプリアーヌスは、祭儀を司式するのは聖職者である
 という点を、いっそう明確に打ちだしているといえよう。
          約束の地を見つめて

    アブラムは、主の言葉に従って旅立った。
    アブラムは、ハランを出発したとき七十五歳であった。
                    (創世記12:4)

+宗教学者エリアーデは、『世界宗教史』の中で、「約束の地を
 みつめて」旅立ったアブラハムの信仰を、「後に、イサクを生
 贄に捧げるように神に命じられた時と同じである」(創世記2
 2章)と記しました。
+ヘブライ書の著者はこんなことを言っています。「信仰によっ
 てアブラハムは、受け継ぐべき地に出て行けとの召しをこうむ
 った時、それに従い、行き先を知らないで出ていった」と。実
 際、この時アブラハムは75歳でした。75年住み慣れた土地
 を捨て、親しい者たちと分かれ、故郷を後にすることは、人生
 における激変です。しかしアブラハムは、住み慣れた地を離れ
 約束の地を目ざして旅立ったのです。
+アブラハムのこの生き方の原動力となっているものは何でしょ
 うか。それについて一つの示唆を与えてくれるのは、アブラハ
 ムが行く先々で「祭壇を築いた」とある事実です(創世記12
 :6−7、8、13:3−4、18)。
+アブラハムは世界の恐ろしさと自己の無力さの中で、根本的な
 問いを発したのです。彼は深淵を前にして救済への念願に駆ら
 れたのです。
+エリー・フォールは『約束の地を見つめて』の中で、「…われ
 われはいま、前代未聞の世界を前にしている。以前われわれの
 生存理由が支えられていた一切の価値が崩壊したか、さもなけ
 れば再検討されつつある」と記しました。そして、こう言った
 のです。「われわれは、要するに人間というものは、普遍的諸
 関係の全体の中に自分が所属していると信じない限り、内面的
 にも、恐らく表面的にさえも、生きることが不可能であること
 に気づいたのである。」
+神の召命にしたがって、約束の地を目ざして旅だったアブラハ
 ムの、祭壇を築く生き方にあるのは、まさにこれではないでし
 ょうか。一切の価値が崩壊した前代未聞の世界で、人間が人間
 らしく生きうるのは、神を神とすること、即ち、「普遍的諸関
 係の全体の中に」自分の存在を見出すことによるのです。「神
 は死んだ」と言われる現代、脱宗教化と言われる現代は、深く
 宗教的次元を必要としているのです。
    #第一部 ミサの歴史  J.A.ユングマン

         第三章  三世紀

  キプリアーヌス(2)

+祭司はキリスト
 キプリアーヌスはキリストは祭司である、と力説する。父であ
 る神の大祭司であり、自分をささげるものとして父に奉献し、
 これを彼の記念として行うように命じたのである。ここでキリ
 ストが祭司であると言われているのは、奉献との関わりにおい
 てである。
 祭司は地上の職務担当者にもあてはまる。祭司も、ささげるこ
 と(オフェレ)ができ、主のからだを配ることができる。しか
 し、ただキリストの代理者としてそれをするのである。
 本当の祭司はキリストであるから、感謝の祭儀は「主の奉献」
 とか、短く「主のもの」(ドミニクム)とも呼ばれている。し
 かし注目すべきことは、十字架の奉献との関連が、ほとんど見
 られないことである。
 感謝の祭儀が奉献と呼ばれるのは、十字架上の奉献を現在化す
 るからではない。キリストが、あの時もいまも、十字架上の死
 の奉献を見つめながら、最後の晩餐で奉献し、いまも祭司を通
 じて奉献するからである。「主の受難こそ、われわれのささげ
 るものなのである」とキプリアーヌスは述べている。
 だからぶどう酒も、キリストの血を表すためのものである。感
 謝の祭儀の力強さは、まさにここにある。すなわち、主の受難
 とわれわれの贖いの秘義そのものなのである。
 祭司であることと奉献は、十字架上の死から切り離されてはい
 ないし、また感謝の祭儀は、キリストの受難を表現するものと
 みられている。

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