#第一部 ミサの歴史 J.A.ユングマン
第三章 三世紀
キプリアーヌス(3)
+民を包む奉献
奉献には、キリストの民も加えられる。水がぶどう酒に混ぜ合
わされるからである。キリストが苦難によってわたしたちの罪
をかぶったように、この奉献において、会衆もキリストに結ば
れる。こうして民は、ささげられる供えものに含められる。
民にも、積極的に果たすべき役割がある。祭儀は共同体の祭り
である。信ずる者の集会を前提とする。だが、迫害で棄教した
背教者は、和解がすむまで、立ち入りが許されない。また信者
が、祭儀でパンとぶどう酒を寄進するのも、すでに習慣となっ
て定着していた。それは貧しい者たちの糧になった。
奉献への参加は、その場に出席している人に限られることでは
ない。兄弟と恩人のことを「奉献の祈りのなかで」思い出す。
このように想起することが大切にされると確信している。献げ
物は、当人がそれにふさわしくない者にはなっていないという
条件で、故人のためにも捧げられ、そこで名前が挙げられる。
こうしてキプリアーヌスは、ある人のための感謝の祭儀が行わ
れるとき、当人にもたらされる恵みを強調する。それは感謝の
奉献とは見なさず、償いの業と見ている。同じ考えをテルトゥ
リアーヌスがすでに表明している。
とにかくキプリアーヌスは、祭儀を司式するのは聖職者である
という点を、いっそう明確に打ちだしているといえよう。