#第一部 ミサの歴史 J.A.ユングマン
第八章 トリエント公会議から現代まで
+いけにえ=破壊説 ②
⑴ 論争の初期には、ミサには十字架上のいけにえを連想させ
る形がある、と答えればすむと思われていた。中世の多くの神学
者たちはそれを、パンの分割、聖体拝領に、あるいはまた、それ
以上区別していないが、形色が二つに分けられていることに、見
つけている。
⑵ ガブリエル・バスケスはもう一歩前進する。ミサは、その
中で「神秘的なほふり」が行われるからこそ、いけにえなのであ
る。バスケスはトマスとともに、いけにえの成立には変化が不可
欠だとみた。けれどもミサの場合には、絶対的奉献ではなく、奉
献の記念、相対的な奉献が問題だからこそ、表現するだけで十分
なのだとしている。この神学は、20世紀に至るまで、多くのカ
トリック神学者が受け継いできた。
同じ見解を発展させたレーオンハルト・レシーユスは、二重の
聖別によって、十字架上のいけにえが描き出されるのみならず、
ことばの力で、体と血が二つに分かれるのだという。この考え方
が、仮想的なほふりという表現で、とくにトマス学派の間で、現
代にまで伝わって来た。