#第一部 ミサの歴史 J.A.ユングマン
第二章 初代教会からヒッポリュトスまで�
奉献と理解される
+奉献は、祭儀の特徴を表している。「主の日には一同が集まっ
て、ささげもの(トゥシア)が清いものになるようにまず罪を
告白してから、パンを裂き、感謝の祭儀をおこないなさい。」
(ディダケー14:1)。この文書は、感謝の祭儀が日曜日に
祝われたことを確認する他にも、ここで奉献思想を確立してい
る点で注目に値する。同時に、誤解のないようにもしている。
つまり外面的に執り行われるだけの儀式を問題にしているので
はない。
+奉献は清いものでなければならない、つまり心をこめて行うも
のである。だからこそ開祭の時に罪を告白して心を清める。�
ペトロ2章5節の言葉も、これと同じである。キリスト者は、
生ける石となって霊の神殿に築き上げられ、聖なる祭司となっ
て、イエス・キリストにより、神に喜ばれる霊的な奉献をささ
げるべきものである。
+ここでペトロが描いているのは、単なる典礼の進め方などでは
なく、むしろ絶えずキリストの奉献に統合されていくキリスト
教生活のことを、いわんとしている。
ごく初期の伝統的スタイル
+従来の伝統的な感謝の祭儀を見ると、その個々のやり方の多く
は、初代教会に由来する要素が、伝えられてきたものであるこ
とがわかる。その構成員の多くは、ユダヤ人キリスト者たちで
あった。後の諸典礼に見られる独特の祈りのスタイルは、ここ
からのものである。
+キリスト教典礼は、エルサレムの典礼習慣から取り入れた。そ
れは初代教会の信者が、使徒たちのように神殿やシナゴーグに
通っていたことからも、すぐわかる。彼らは旧約聖書を受け継
ぎ、詩編唱和の習慣を続けただけではなかった。旧約の神の民
の当時の生きた実践からもくみ取っていたのである。
+もちろん教会は、ユダヤ人キリスト者の地域でばかりでなく、
ギリシア的な風土でも、生き生きと発展していった。そこで1
世紀ないし2世紀の間に行われた感謝の祭儀について教えくれ
る重要文献に目を通したいと思う。
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