#長寿

   レメクは…男の子をもうけた。彼は
   「主の呪いを受けた大地で働く我々の手の苦労を、
   この子は慰めてくれるであろう」と言って、
   その子をノア(慰め)と名付けた。
                 (創世記5:28−29)

+血で血を洗う際限のない復讐、それは取って食べてはならない
 といわれた木の実をとって食べたことに端を発している。そし
 て聖書は、この雪だるま式に拡大していく罪を前にして、アダ
 ムに始まりノアに至る系図を置いている。
+この系図で目を引くのは「寿命の長さ」である。この長寿につ
 いては、「神学的意味を明らかにするような、納得のいく解決
 策は未だに発見されていない」といわれている。一般的には、
 長寿は神の祝福である。この系図は、復讐と報復への渇きが途
 方もなく増大した世界を、なお神に祝福された世界であるとし
 た信仰告白ではないのか。
+アダムからノアに至るこの系図が何にもまして目を引くのは、
 この系図が独特な構造をもっていることです。この系図は、全
 体を通じて常に同じ文章で繰り返されています。著者はこれに
 よって、「生まれて、生きて、そして死ぬ」人間の現実を見て
 いるのです。換言すれば、人間は決して時間に取って代わるこ
 とはできない!ということです。
+では、人間は「時間の奴隷」なのか。そのことについて答えて
 いるのが、死を見ることなく世を去ったエノクの存在です。エ
 ノクは「神と共に歩んだ」ことにより、神に取り去られたので
 す。この「取り去り」は、歴史的存在であるエノクが、歴史を
 超えた存在でもあることを示しています。確かに人間は、時間
 に取って代わることはできません。しかし、人間は決して時間
 の奴隷ではないのです。
+まさにここに「ノアの慰め」があるのです。ノアもまた、神と
 共に歩んだ人でした(6:9)。しかもノアはエノクのように
 取り去られることなく、苦悩の歴史を最後まで生き抜いたので
 す。歴史の苦しみに喘ぐ人々の慰めになるようにとの願いを託
 されて!
+しかし聖書はこの後、ノアの家族を除いてすべての被造物が滅
 ぼされたと語ります。み言葉は神と共に歩んだノアでさえ、世
 界の罪を贖うことはできなかったと語るのです(エゼキエル1
 4:14)。
+歴史の苦悩の中で喘ぐ人々がノアに託した祈りは空しく虚空に
 消えてしまったのでしょうか。それについて端的に語っている
 のが、幼子イエスをその腕に抱いたシメオンです(ルカ2:2
 5−32)。神の御子イエス・キリストは、ノアのように、歴
 史の苦しみの中で喘ぐ人々の慰めとなるためにお生まれになっ
 たのです。しかもここにあるのは神と共に歩む〈人間の義〉で
 はなく、人間と共に歩む〈神の義〉です。
+エリアーデは、歴史の恐怖を語りつつ、『永遠回帰の神話』を
 次のような言葉で結んでいます。「この点でキリスト教は明白
 に『堕落した人間』の宗教たることを実証する。すなわち、現
 代人が癒しがたく歴史と進歩にとりつかれているほど、そして
 歴史の進歩が一つの堕落であり、これらが共に祖型と反復の楽
 園の最終的放棄を意味する以上、キリスト教こそ現代人の宗教
 ということになるのだ。」歴史の苦しみの炉で錬り清められた
 十字架のイエスこそ、現代人の慰めなのです。

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