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山内 幸

 クリスマス! 暖かく心地良い響きある言葉。森山良子の澄んだ歌声が浮かぶ。
「われ聞けり『かなたには うるわしき都あり』かがやけるかの岸に、われはまもなく着かん、『ハレルヤ』とうたいつつ、うたいつつすすみゆかん、わが足はよわけれど、みちびきたまえ、主よ。」(2編136)
 一九八九年クリスマスの二週間前、次女麻子は突然逝去した。二十歳九ヶ月のまま。それ以来私たち家族はクリスマスの前にこの事実を受けとめるために立ちどまる。
 娘は幼い頃から教会に親しみ、とりわけクリスマスを喜び、いつも大きな声で子ども賛美歌を歌っていた。主人の転勤で本荘教会に転会のため訪れた時、小学五年生だった麻子を見て、「何て教会にぴったりの女の子だろう」との牧師夫人のつぶやきは将来を暗示していたのだろうか。
 高一の春受洗し、成長と共に娘が足跡を残した教会を思い起こそう。秋田楢山教会はもとより、秋田桜教会、下の橋教会、名前失念したが東京の小沢貞雄牧師の牧会する教会、最後の名古屋の熱田教会。
 名古屋の男性と不思議な縁で婚約中だった娘は、翌春三月の結婚式の準備と、漸く休暇のとれた彼とクリスマスを過ごすため、名古屋の家に向かう。父健朗は強く反対し、早く帰れと言った。出発前夜の、後にして思えば、神様のご配慮と思える娘とのやりとり。
 出発の日、私たちは仕事で、三女は学校へ、長女は仙台在住で、見送られず、一人でこの家を出て行った。最後にあの子は、この家を振り返って見たのだろうか。
 名古屋で過ごした一週間で、式場となる熱田教会を訪ね、住むことになるアパートの部屋を雑巾がけし、ご近所に秋田のりんごを配り、友人たちが奇しくも模擬結婚式をしてくれたその後、夜行バスでディズニーランドへ向い、ある乗り物の中で息を引き取った。
 全てひとりでやりとげて神様の元へ。「主与え、主取り給う。」神様が連れ去ったとしか言いようがない。いなくなって知る真の価値。うわべだけの姿しか見えてなかった激しい後悔と罪の意識に支配され、クリスマスの喜びを見失う。しかし、こうした頑なさこそ、あるがままの人を受け入れられない罪であることに、この頃気づく。
 子どもの死を嘆き悲しむ親の姿はいつの世も変わらない。その心に打たれながら、主よ、憐れみたまえと祈らずにはいられない。「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである」(ヨハネ3・16)。
 クリスマスは神の子がイエスの名をもってこの世に降られた日。そして乾いた地に埋れた根から生れた若枝のように成長された末に、わが罪を負って十字架の道へと続く生涯の始まりの日。しかし、主イエスは十字架の死の前に、自分の体と血を分かち、これをいただく者に永遠の命をお与えになる聖餐を残されました。
 今わたしは、来る週ごとにその聖餐にあずかる中で、罪ある身だからこそ安らぎがあるような気がする。
 楢山教会の会堂に漂う無数の召天した慕わしい兄弟姉妹のさざめき、祈りに合わせるアーメン、賛美の歌、笑い声。それらが満ちている礼拝で、共に主の聖餐の場にいることの安らぎ。クリスマスはわたしにとって、聖餐の恵みに至る始まりの日、喜びの日を知る時なのです。

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