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はじめに
 この地に遣わされて21年、この春で、この地における宣教の勤めを終えることになった。小学生であった三人の子どもたちも成人し、それぞれの家庭を築いていることを思う時、この地での20年余が人生における濃密な時であったことを思う。そして思う。人生の最良の時は、〈これから〉であると。終わりに〈最も新しいもの〉を見ながら、地上での残された伝道者としての日々を生きたいと思う。

⒈礼拝
 「信仰の神秘」を主題とする「ヨハネによる福音書」からのみ言葉の説き明かしが6月で終了し、7月から「神の歴史」を総主題として旧約聖書からみ言葉の説き明かしが始まった。それは始まったばかりで終わることになったが、「創世記」を読み終えることができたことを神に感謝する。ここに、礼拝改革と共に聞いたみ言葉の歩みを再録する。

⑴旅する教会(使徒言行録による説教)
 私たち秋田楢山教会は2008年に教会創立120周年を迎えます。そして、2009年は日本にプロテスタント教会が伝道を開始して150年となります。私たちはこの時を日本伝道の第三草創期(キリシタンから数えて)と位置づけ、今初めてこの国にキリストの福音を宣べ伝える、そのような幻のもと、初代教会の伝道史を記した「使徒言行録」を礼拝テキストとして選びました。
 この説教に願いを託すとすれば、日本伝道の第三草創期を希望をもって踏み出すために私たちひとりひとりがみ言葉に深く聞き、聖書の血肉化が起こり、共に伝道に献身する教職信徒がおこされることです。

⑵十字架_大地の希望_十字架への道(共観福音書による説教)
 「現代の教会が直面している最も深刻な問題の一つは、聖書批評学が新約聖書に対して、重い問いをつきつけているところから発生している。」(フォーサイス『十字架の決定性』)
 私たちの教会は2008年2月11日に教会創立120周年を迎えました。創立120周年を迎え、そして越えるために「聖餐と愛餐の充実による伝道」を掲げ、さまざまな準備を積み重ねてきました。その一つに礼拝改革があります。
 新しい礼拝式での礼拝体験の深まりの中で、毎週聖餐式を守りたいとの願いが起こされ、2009年11月29日の待降節第一主日より毎週聖餐式を行なう事を決意しました。「このパンを食べこの杯を飲むごとに、主がこられる時まで、主の死を告げ知らせる」(Ⅰコリント11:26)ためです。
 “十字架への道”を歩まれた主イエスの御足の後を、マタイ、マルコ、ルカ福音書から辿り、私たちの中で聖書が再び“生ける神の言葉”になることを目指したいと思います。エマオ途上の二人の弟子のように、主イエスの“聖体”を手に「心が内に燃える」(ルカ24:32)経験を深めたいと思います。

⑶信仰の神秘(「ヨハネによる福音書」による説教)
 「神はそのひとり子を賜ったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。」(3:16)
 私たち秋田楢山教会は創立120周年を迎え、そして越えるために、『旅する教会』を主題に、初代教会の宣教の歴史を記録した使徒言行録を読み進めた。その過程で、毎週聖餐に与りたいとの願いが起こされ、2009年のアドベントより毎週主の晩餐を行う礼拝となる。それを機に、『十字架への道』のテーマのもと、共観福音書から御言葉を聞き続けた。
 毎週主の晩餐が行われる礼拝で変わったことが二つある。一つは祈り、一つは御言葉の理解である。「祈りと御言葉の奉仕に専念する」(使徒6:4)使徒たちの敬虔に近づけたのであれば幸いである。主の晩餐の経験が深まる中、木曜の聖研でヨハネ福音書の学びが始まる。そして今、日曜礼拝でヨハネ福音書から聞く。聖研と礼拝が呼応し合うことを願っている。

⑷神の歴史(旧約聖書による説教)
 「神の国が来た。その新しい出来事―イエスの宣教、彼の死と復活―から旧約の理解が生じる。人々は律法という支配的な局相のもとではなく、救済史的局相のもとで旧約を読んだのである。そのことによって全く新しい旧約理解への門が開かれたのである。」(フォン・ラート)
 共観福音書を「十字架―大地の希望」、ヨハネ福音書を「信仰の神秘」の主題のもとに読み進み、そして今、旧約聖書へと導かれた。ヴェスターマンは『千年と一日』の序で次のように語る。「この文書は千年にもわたっている。・・・それは、新約聖書において達せられた目的に至る長い旅であった。新約聖書に書かれていることは、ある一日の出来事に凝縮できる。ヨハネによる福音書によれば、その日とは、人の子が上げられた日である。・・・四つの福音書の記述がその目的としているその一日は、旧約聖書にとってもまたその目的なのである。この一日は、実際のところ、そこに至るまでの長い道程を離れては理解することは
できない。この千年は、その一日を離れては結末も、終着もないのである。」
 人の子が上げられた一日は、主の晩餐によって〈いま、ここで〉のこととして現在する。
この一日をめざす《神の歴史》を辿る旅が今、始まる。

 こうして振り返る時、楢山の地で得た恵みの大きさに身震いを感じる。

⒉聖研祈祷会
 聖研祈祷会は、年度当初「ロマ書」の学びを行ったが、夏休み明けより「詩編に親しむ」として詩編の学びを行った。特に詩編の学びでは、『礼拝のしおり』の「罪の告白」と「赦しを求める祈り」に採用された詩編の学びをできたことは感謝である。

⒊信徒によるプロジェクトJ
 「記念と奉献」の「奉献」概念を深く学ぶ計画であったが、牧師の辞任問題があり、不十分な学びとなった。「奉献」とは、罪の贖いのための犠牲である。最新のプロテスタントの聖餐式文も、慎重に「奉献」概念を削除している(ユングマン『ミサ』)。私は、プロテスタントの聖餐式から「奉献」概念が欠如したことが、罪の認識の欠如に関係し、キリスト教の倫理教化を招いたと考えている。キリスト教の再生は聖餐の回復にかかっている。

⒋社会福祉法人秋田婦人ホーム
 楢山教会の牧師を辞任することで、秋田婦人ホームの理事長職をも辞することになった。ここに2016年度の法人事業計画(案)にまとめたものを引用する。
当法人は、創立80周年を越え、第三期「荒野の四十年」を歩んでいる。過去80年の時代の変化は激しく、この変化を予測しうる者はなかった。第三期「荒野の四十年」も、この先、時代がどのように変化するかを予測することはできない。しかし予測しうるものがある。〈少子高齢化〉と〈貧富の差の二極化〉である。荒野なる日々を過ごすのは老人と児童には避けがたいことである。
児童福祉施設である当法人は、この国の将来であり希望である子どもたちが厳しい現実の中で、豊かに実を結ぶ「良い土地」でありたいと願い、労するものである。
今、法人は、施設長交代の時期を迎え、キリスト教施設としての新たな方向を模索している。例外的にキリスト者でない者が施設長になった時期はあったが、その歴史の大半はキリスト者がその任に担ってきた。これからは、キリスト者であるか否かを問わず、施設職員の中から相応しいと認められた者にその任を担っていただくことになる。
また、施設の働きの大半は現在、ノンクリスチャンによって担われている。こうした実情の中、当法人はこれからもキリスト教精神のもとに事業を展開する決意をもって法人の「理念」と「基本方針」を成文化した。キリストの心を心とすることが施設利用者にとって最も有益であると信じるからである。
これまで創設者早川かいを中心に、戦中戦後の困難な時期を支えた三浦三郎、そして多くのキリスト者たちによって担われたキリスト教精神を、これからはキリストの教会が担う方向を模索している。施設と教会がそれぞれの役割を果たし、施設利用者の福祉のために尽力することになる。
 新しい牧師と共に、婦人ホームの働きを前進させていただきたいと願っている。

結び)21年を振り返って
 秋田楢山教会での最終年度、一人の姉妹を主のみもとに送った。池田圭子姉が教会に通うようになった時、医師からは余命半年を宣告されていた。姉妹の存在を得て、毎週の聖餐式を「死の固めの式」として行った。それは今も、そしてこれからも続いて行く。
 19歳のクリスマスに淀橋教会で洗礼を受け、東京神学大学に入学と同時に滝野川教会で訓練を受け、伝道者として初めて遣わされた小川教会(埼玉)、そして銀座教会を経て、1995年4月に秋田楢山教会に赴任して、21年の時が経過した。この地での21年は、洗礼を受けて以来、それぞれの教会で与えられた課題の一つ一つに応えるものとなった。
 洗礼を受けた淀橋教会では、牧師が語る説教と聖書の言葉の乖離から、生ける神の言葉・聖書への扉が開かれた。神学生時代に訓練を受けた滝野川教会では、毎週聖餐式を行う礼拝への扉が開かれた。伝道者として最初に遣わされた埼玉の小川教会では、この国で伝道する上で欠くことができない死者祭儀への扉が開かれた。そして銀座教会時代には、巷に溢れる放浪者を巡礼者に作り変える主の晩餐についての扉が開かれた。これらの開かれた扉が秋田楢山教会での礼拝改革に結実した。
 そして今、新たな扉の前に立つ。この扉の先にどのような光景が広がっているのか、今は全く見えない。願わくは、この扉の先に広がる景色は、これまで何度も言及した二人の言葉に集約されるものであって欲しい。一人はモルトマン、一人はボンヘッファーである。
 モルトマンは言う。「『十字架につけられた神』は、『キリスト者の神』と混同されえないものである。なぜなら、宗教心理学的および宗教社会学的に分析をしてみれば、『キリスト者の神』は必ずしも常に『十字架につけられた神』ではないし、むしろそうであるのは極めてまれであるからである。」またボンヘファーは言う。「教会は恐らく、大都市における聖晩餐を守る集まり(ゲマインデ)という状況において、最も確信をもって現われ出るであろう。」
 21年前、この地に遣わされ、奥羽教区総会の場でなされた、「第5期教区長期宣教基本方針」を巡るやりとりが今でも脳裏に刻まれている。著しい「終末論」及び「贖罪論」の欠如を批判し、「あってはならないことである」と発言した。会議が終わり、教団新報の記者(牧師)が近寄って来て、こう私に耳打ちした。「この議場で、先生が言われた『あってはならないこと』の意味を理解できる人はほとんどいません。」この人が言われたことを体験した21年であった。天の国を故郷とするキリスト者の共通言語は「十字架の言」である。その共通言語が混乱している。十字架の言が語られ、また聞かれることはごく稀である。
 洗礼を受けた淀橋、神学生として訓練を受けた滝野川、伝道者として遣わされた小川、そして銀座には、「あってはならない」ことを理解する信仰者がいた。これから遣わされる地がどこであるかはわからないが、「あってはならないこと」を理解する信徒を神が備えてくださることを信じている。
 21年に及ぶ秋田楢山教会での交わりで得た収穫に感謝し、これから新たな牧師と共に手にする収穫が豊かであることを祈りつつ、結びとしたい。

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