絶望の徴候
これら五人の王は皆、シディムの谷、すなわち塩の海で
同盟を結んだ。彼らは十二年間……支配されていたが、
十三年目に背いたのである。(創世記14:3−4)
+社会心理学者エーリッヒ・フロムの著書に『希望の革命』があ
る。フロムはその「はしがき」で、「本書は1968年のアメ
リカの状況に対する一つの反応として書かれたものである」と
言っている。
+1968年のアメリカの状況とは何か。フロムは言います。
「希望が急速に西洋世界から姿を消しつつある」と。そして言
うのです。
+絶望の徴候はすべて私たちの前にある。一般の人々の倦み果て
た表情を見よ。人間同士の触れ合いの欠如を見よ。都市の水や
空気が絶えず毒性を増すのを抑制したり、貧しい国々の目に見
えている飢饉を克服したりするために、真剣な計画さえ立てえ
ないこのありさまを見よ。…
希望について私たちが何を語り何を考えようと、生命のために
行動し計画することができないということが、私たちの絶望を
暴露している。
+フロムがこのように語ってから40年の年月が過ぎた。私たち
は今、この世界に何を見ているのか。根拠のない楽観主義と暴
力ではないのか。フロムは、この根拠のない楽観主義と暴力を
「希望の挫折」と言っている。まさしく、「絶望の徴候はすべ
て私たちの前にある」のです。
+私はフロムが「見よ、見よ、見よ」と繰り返す言葉を読みつつ
エレミヤの言葉を思い起こした。エレミヤは神の民イスラエル
が滅ぼされた時、こう語っている。
わたしは見た。
見よ、大地は混沌とし、空には光がなかった。
わたしは見た。
見よ、山は揺れ動き、すべての丘は震えていた。
わたしは見た。
見よ、人はうせ、空の鳥はことごとく逃げ去っていた。
わたしは見た。
見よ、実り豊かな地は荒れ野に変わり、
町々はことごとく、主の御前に、
主の激しい怒りによって打ち倒されていた。
+エレミヤが見ている世界、それは創世記1章の記者が見ていた
「地は混沌であって、闇が深淵の面を覆っていた」世界です。
捕囚期とは、まさに光のない闇の世界なのです。預言者エゼキ
エルは、当時の人々の心象風景を「枯れた骨の幻」の中でこう
語りました。「人の子よ、これらの骨はイスラエルの全家であ
る。見よ、彼らは言う。『われわれの骨は枯れ、われわれの望
みは尽き、われわれは絶え果てる』と」(37:11)。
+ここにあるのはまさに希望の喪失です。絶望とは、もはや神に
さえ望みえないことなのです。フロムは同じ絶望が、今日、私
たちの生きている世界を覆いつくしているというのです。ニー
チェが言うように、本当に「神は死んだ」のだろうか。
コメント
コメントの投稿
トラックバック
http://akitanarayama.blog10.fc2.com/tb.php/141-b159dab9