#プロジェクトJ〜キリストの挑戦者たち

+ホームページを公開して5ヶ月が過ぎた。この間「夢幻通信」
 を通じて“現代”という時代を喘ぎながら生きるわたしたちの
 姿を顕わにしてきた。説教にアクセスしてくださった方はすで
 にお気づきのことと思うが、その大半は、説教で語ったことの
 要約であり、あるいは補完である。

+ここに「夢幻通信」と並行して「プロジェクトJ」を立ち上げ
 たいと考えている。【夢幻通信】はこれまで同様、時代の課題
 に聖書を通して取り組み、‘【プロジェクトJ】〜キリストの
 挑戦者たち’では、礼拝説教では取り扱いにくい、プロテスタ
 ント日本伝道150周年(2009年)を「日本伝道の第三草
 創期」と位置づけた、わたしたちの問題意識から発信していき
 たいと思う。

+わたしたちの問題意識は【夢幻通信】で折々に触れてきたが、
 ここにもう一度再述しておきたい。一言で言えば、ユングが
 『心理学と宗教』(【夢幻通信】(23)参照)で語った次の言
 葉に尽きる。「プロテスタントであると否との別なく、あらゆ
 る現代人が、ローマ時代以来慎重に築き上げられ補強されてき
 た教会という防禦壁を広範囲にわたって失っており、この喪失
 の結果として、世界の破壊と創造との根源である灼熱地帯へ一
 歩ずつ近づいているということです。人生の速度と密度は増し
 われわれを包む世界は、不安と恐怖の波に揺り動かされ、押し
 ひたされています。」

+この課題に応えるべく、わたしたちの教会は「聖餐と愛餐の充
 実による伝道」を教会創立120周年(2008年)の主題と
 した。その取り組みの中で、わたしたちは様々な視点から「聖
 餐」の学びを続けてきた。以下に、わたしたちの視点の幾つか
 を記録したい。
・「主の晩餐なくして我等は生きながらえることができない。」
 (ディオクレティアヌス帝時代のアビシネの殉教者たちの告白
 の言葉)
・「聖晩餐の交わりは、キリスト者全般の完成である。・・・こ
 こにおいて、交わりはその目標に到達する。ここで、キリスト
 とその教会にある喜びは完全なものとなる。」
                    (ボンヘッファー)
・「ミサこそわたしを支える霊的な糧です、これなしに、一日た
 りと、いや一時間たりとも、この生活を続けることはできない
 でしょう。ミサでは、パンの外形のもとにイエスをいただきま
 すが、スラム街では、衰弱した体に、捨てられた子どもたちの
 なかに、キリストを見、キリストに触れるのです。」
                    (マザー・テレサ)
・「信仰生活の外形・かたちと信仰そのものとの間には、最も密
 接な関係が存在し、建築的・形態的伝統を尊重することがなく
 なれば、神聖な聖体拝領の戒律における内的信仰を維持するこ
 とはほとんど不可能である。」(A・W・N・ピュージン)
・聖餐=死の固めの式

+この【プロジェクトJ】に願いを託すとすれば、呪われている
 かに見える世界にあって、それ以外には得られない上なる慰め
 と希望を《主の晩餐》に見出し、「イエスが受けられた辱めを
 担い、宿営の外に出て、そのみもとに赴く」(ヘブライ13:
 13)魂が起こされることである。

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