#夏期休暇にて
+2週間の夏期休暇を郷里群馬で過ごした。わたしの郷里大泉町
は、今年、観測史上最高気温を記録した熊谷と利根川を隔てて
車で30分ほどの所にある。生家には、いまは誰も住んでいな
い。父が他界した後、母のアルツハイマーが見つかり、高崎の
次女に引き取られたことと、三人姉弟の末っ子長男が牧師をし
ており、今秋田で生活をしているからである。最近母は透析を
行うようになったが、そのことを覚えていない。
+本当に久しぶりに、一人っきりの生活をした。朝5時に起き出
し、聖書を読み、祈祷書で祈り、ボンヘッファーの『主のよき
力に守られて』、左近淑の『混沌への光』、エリアーデの『世
界宗教史』を読んでから、朝食をとる生活であった。
+今回の長期夏期休暇中、暇に飽かせて手をつけたことが二つあ
る。一つは、ホームページの未完成部分を減らすこと、一つは
『ユング自伝』を読むことである。ユングからは、私のライフ
ワーク「み言葉と聖餐」の「聖餐」について大きな刺激を与え
られている。【プロジェクトJ】はそこからの視座によってい
る。
+休暇中の2回の主日は、1回はプロテスタント教会の礼拝、1
回はカトリック教会のミサに出席した。プロテスタントの礼拝
は「讃美歌付き講演会」と揶揄されている。狭い会堂に50人
ほどの信徒の賛美が溢れる礼拝であった。普段は10分ほどの
説教だそうだ。その日は30分ぐらい話しただろうか。み言葉
の解き明かしはなく、地区の修養会に出席した時の、講師の話
の要約であった。プロテスタント教会は「説教によって立ちも
すれば、倒れもする」と言われている。そこには、倒れて立ち
上がれない教会の姿があった。
+カトリック教会のミサでは、最初から説教には期待していなか
った。司祭が最近読んで感銘したという本の紹介であった。し
かし、それは畏敬の念に満ちた賛美と祈りの礼拝であった。よ
く訓練された信徒の姿がそこにあった。プロテスタントの信者
は一度、カトリック教会のミサに参加してみるといい。自分の
姿が良くも悪くも見えてくる。
+わたしたちの教会は来年2008年に教会創立120周年を迎
える。今月30日に行われる教会懇談会から、2009年を日
本伝道の第三草創期と位置づけ、新たな伝道を展開する教会の
具体的な歩みが始まる。まだ足並みは揃っていない。「脱出の
共同体」のごとく、エジプトの肉鍋が恋しいとの声は後を断た
ない。まるごと引き連れて、ヨルダン川を渡れるだろうか。渡
らなければこの民は荒れ野で死に絶えるしかない。
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