“十字架は大地の希望である”

+キリスト教的生活においては信仰が優先するが、希望は優位す
 る。信仰するとは、十字架につけられた方の復活によって突き
 破られたところの限界を先取的希望において踏み越えることで
 ある。
 キリストの復活の中に天国の永遠をではなく、そこに十字架が
 立っている大地の未来を認識するのである。それはキリストの
 中に、彼がまさにそのために死んだ人類の未来を認識するので
 ある。それがゆえに十字架は大地の希望なのである。それゆえ
 にこそ、この希望は、身体の服従を求めて苦闘するのである。
 なぜならそれは、身体が生かされることを待望するからであ
 る。それゆえ、この希望は破壊された大地とさいなまれた人間
 を柔和の中に引き受けるのである。なぜなら、その希望には全
 世界が約束されているからである。ほむべきかな十字架−唯一
 の希望よ!(Ave crux---unica spes!)  
                 モルトマン『希望の神学』

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