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☆それは、今は住職のいない向野寺の祭壇脇に置かれていた。奥には小野小町作といわれる自画彫像が置かれている。歴史と伝統のある寺に読経の声が絶えて久しい。

秋田ビアドロロサ/マリア観音(向野寺)

☆キリシタンにまつわる遺品の多くは神社仏閣に受け継がれている。尋ねた寺のいくつかに住職はいない。飛鳥に仏教が伝来して以来、日本人の精神性を形成してきた仏教が、今、崩壊の途にある。それは日本人の魂の闇を写し出している。
☆マリア像は住職が座る位置から正面左手に置かれていた。そこだけが異界である。母マリアの腕に抱かれた幼子イエスと、マリアの足もとからイエスを見上げる洗礼者ヨハネ、それはヨーロッパの古い教会堂でよく見かける彫像である。
☆辺りを見回す。そこは紛れもなく仏寺、聖堂を充たす光はステンドグラスの輝きではない。昔日、キリシタンたちはこの像にどのような光を見たのだろうか。今と同じ、イエス・キリストの御顔に輝く〈混沌への光〉ではないだろうか。

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